大判例

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松山地方裁判所 昭和60年(ヨ)228号 決定 1987年3月31日

申請人

篠原玄之

外一五七一名

右代理人弁護士

梶原暢二

草薙順一

薦田伸夫

西嶋吉光

真木啓明

被申請人

北条市

右代表者市長

原田改三

右代理人弁護士

白石喜徳

白石隆

曽我部吉正

主文

一  申請人らの本件申請をいずれも却下する。

二  申請費用は申請人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨(申請人ら各自)

1  被申請人は、別紙(七六)物件目録記載の土地上に建設を計画しているごみ焼却場を建設してはならない。

2  申請費用は被申請人の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

1  申請人らの申請をいずれも却下する。

2  申請費用は申請人らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  申請の理由

1  申請人らの地位

(一) 申請人らは、別紙(一)ないし(六六)申請人目録記載の各住居地に居住する被申請人の市民である。

(二) 各申請人の住居と被申請人が建設中の後記ごみ焼却場との距離は、別紙(六八)ないし(七一)記載のとおりである。

2  被申請人によるごみ焼却場の建設

被申請人は、別紙(六七)物件目録記載の土地(以下、本件予定地という。)上に、当初予算総額一四億六四二六万五〇〇〇円で、北条市清掃工場と称する機械化バッチ燃焼式二〇トン焼却炉(以下、本件焼却炉という。)二基からなるごみ焼却場(以下、本件焼却場という。)の建設を計画し、昭和六〇年一一月二五日には進入道路建設工事に、昭和六一年五月二七日には本体工事に、それぞれ着工した。なお、本体工事は申請外株式会社荏原インフィルコ(以下、荏原インフィルコという。)が請け負つている。

3  被害発生の蓋然性

本件焼却場が建設され操業を開始した場合には、申請人らは、次のような甚大な被害を被ることになる。

(一) 排ガスによる大気汚染

(1) 本件焼却場から出る排ガスの中には、硫黄酸化物、窒素酸化物、塩化水素、ばいじん、銅、鉛、クロム、カドミウム、水銀、ポリクロルビフェニール、ダイオキシン等の有害物質が含まれている。

(2) このうち、ばいじん、硫黄酸化物、窒素酸化物及び塩化水素(以下、これらを合わせて、ばいじん等ということがある。)については、大気汚染防止法及びこれに基づく総理府令により排出規制基準が設けられ、本件焼却場の規模及び稼働形態の場合、その基準値は次のとおりと定められている。

ばいじん 〇・五(g/Nm3)

窒素酸化物 二五〇(ppm)

硫黄酸化物 一七・五(K値)

塩化水素 四三〇(ppm)

また、被申請人は、本件焼却場の建設に当たり、ばいじん等について荏原インフィルコに次のとおり設計値(保証値。以下、荏原インフィルコが本件焼却炉につき保証したばいじん等の排出濃度値を、単に、設計値と表示する。)を設けさせ、あたかも前記規制基準はもとより設計値を超える量の排出もないかのように主張している。

ばいじん 〇・一(g/Nm3)

窒素酸化物 二五〇(ppm)

硫黄酸化物 一七・五(K値)

塩化水素 三〇〇(ppm)

(3) しかし、以下の理由により、本件焼却場においては設計値も基準値も守ることができないというべきである。

(ア) 本件焼却炉の排ガスの最大量は、最高ごみ質のごみを燃やしたときに生じる二五万五〇〇(Nm3/h)と計算されている。しかし、本件焼却場の予定する最高ごみ質の低位発熱量が二〇〇〇(kcal/kg)、焼却量が二・五(t/h)であるのに対し、低位発熱量一八〇〇(kcal/kg)、焼却量二・〇(t/h)の福井県勝山市の焼却炉の排ガスの最大量は二万一〇〇〇(Nm3/h)である。一般に、発熱量の高いごみほど排ガス量は多くなり、焼却量が増えれば当然排ガス量も増えるのであるから、勝山市よりも最高ごみ質での低位発熱量が高く、かつ焼却量の多い本件焼却炉の排ガス量が勝山市のそれよりも少ないはずはない。したがつて、本件焼却炉の排ガス量は、実際の量よりも過少評価されたものであることが明らかである。右排ガス量をもとにして、電気集じん機や塩化水素除去装置の処理能力が設計され、ばいじん等の設計値が計算されているのであるから、実際の排ガス量がこれより多くなると、電気集じん機や塩化水素除去装置が設計どおりに機能せず、設計値を超える有害物質が排ガス中に含まれることになる。

(イ) 本件焼却炉は、高質ごみを燃やしたときの電気集じん機入口のばいじん量を三・七g/Nm3と予測して設計されている。しかし、この値は他都市の焼却炉の設計値及び実績値(通常五g/Nm3)に比して明らかに少なく、右数値を超える量のばいじんが電気集じん機に入ることは容易に予測し得るところである。その場合、電気集じん機は設計どおりの機能を果すことができず、したがつて、ばいじん等の排出量につき設計値を維持することは不可能になる。

(ウ) 本件焼却炉に設置される予定の塩化水素除去装置は、通過する排ガスに消石灰を噴霧して、塩化水素と反応させ塩化カルシウムとして除去するものであるが、この種の装置においては、右目的に用いる消石灰の当量比は、通常二・五(塩化水素を理論上すべて除去するのに必要な消石灰の量の二・五倍を意味する。)くらいとされ、その場合でも除去率は四〇パーセント前後とされているのに、本件焼却炉においては、電気集じん機入口段階での排ガス中に含まれる濃度九〇〇ppmの塩化水素につき当量比一・五の割合で消石灰を噴霧し、この生成物を電気集じん機で除去することにより七二・二パーセントもの塩化水素が除去されると予定されている。これは明らかに過大評価である。本件焼却場よりも多量の消石灰を噴霧している奈良県田原本町のごみ焼却場でさえ、前記排出規制基準の四三〇ppmをはるかに超える六〇〇ppmもの塩化水素を排出しているのである。したがつて、本件焼却場において、入口濃度九〇〇ppmの塩化水素を四三〇ppmに下げるのは不可能である。まして、設計値三〇〇ppmを維持することは到底望み得べくもない。

(エ) 本件焼却場におけるばいじん等の設計値は、正式引渡しの日から二年間とされる保証期間内に限定された数値であつて、それ以後の数値を保証するものではない。実際には、引渡性能試験さえ合格すれば、ばいじん等が設計値を超えても、いちいち荏原インフィルコの保証義務の履行を求めるということはせず、設計値を超える有害物質の排出が野放しとなつてしまうのが通例と考えられる。

(4) 右のとおり、本件焼却炉におけるばいじん等の設計値は根拠も意味もないものである。しかも、その数値でさえ極めて危険な濃度を示している。例えば、窒素酸化物の中の二酸化窒素では一五〇ppm以上で、硫黄酸化物の中の亜硫酸ガスでは一〇〇ppm以上で、塩化水素では五〇ppm以上で、いずれも人体に急性症状を引き起こすとされているのである。このように、被申請人自身、人体に急性症状をきたす濃度の有害物質が排出されることを認めているのであるから、それが拡散されて住民には被害をもたらさないというのであれば、被申請人は、その無害化の過程を論証しなければならない。このゆえに、環境影響事前調査(いわゆる環境アセスメント。以下、環境アセスメントという。)が必要とされるのである。右論証の必要性は、規制基準の設けられていない銅、鉛、クロム、カドミウム、水銀、ポリクロルビフェニール、ダイオキシン等の有害物質についても同様である。しかるに、その論証は全くなされていない。

(5) かえつて、本件焼却場からの排出ガスにより、次のような大気汚染が発生することさえ予測される。

(ア) 愛知県小牧市のごみ焼却場で実際に行われた拡散実験のデータ(資料となる数値をいう。以下同じ。)を本件焼却場に当てはめると、塩化水素の着地濃度は〇・〇二二ないし〇・一一ppmとなり、環境基準(〇・〇二ppm)の一・一ないし五・五倍の濃度となる。まして、本件予定地は山間地で複雑な気象条件下にあり、おろしの風などによつて、さらに高濃度となることも十分考えられる。

(イ) 本件焼却場の煙突は、ごく普通の秒速一・五ないし三メートル程度の風でダウンウォッシュ(排出された煙が負圧帯に巻き込まれ、下方に向かう現象)を起こす危険があり、その結果、さらに有害物質の着地濃度が高くなることが予測される。

(二) 悪臭

頻繁に往復するごみ運搬車、残灰運搬車からの悪臭はいうに及ばず、ごみ貯留ピットや灰バンカからの悪臭のほか、ごみ汁の付着したごみ運搬車の洗車による悪臭は避けられず、夏期は一層耐え難いものとなる。本件予定地には十分な空地があり、生ごみや残灰が放置されることも考えられる。さらに、ダウンウォッシュあるいはおろしの風によつて、排煙が申請人らの住居に下りていつた場合、悪臭がもたらされることになる。

(三) 水の汚染

本件焼却場が建設された場合、そこから排出される残滓汚水、洗車汚水、ピット汚水、生活汚水、雑汚水、トイレ浄化槽汚水等が近くの立岩川水系に流されることになり、また、雨天時には、焼却場施設、放置された生ごみ、残灰等からの汚水、あるいは空中の排ガス、着地した排ガス成分が雨水に取り込まれ、それが立岩川水系に流入することになる。本件予定地の下流は、北条市内の上水道の大部分の水源地が集中しており、申請人らはもとより、北条市内の三万市民の大部分が深刻な被害を受けることになる。また、本件焼却場建設のために、水源である森林が伐採され、土地造成が行われることになり、その結果、水源が破壊され、水質が悪化し、工事の方法次第では伏流水が重大な障害を受ける。

(四) 騒音

本件焼却場の騒音は朝、昼、夜とも六〇ホン以下とされており、人が悪影響を受けない限度といわれている夜間四〇ホン、夕方四五ホン、昼間五〇ホンを超えている。このような騒音が一日中連続して発生することは耐え難いことであるばかりか、ごみ焼却場の騒音は人体に特に悪影響を与える低周波のものであつて、申請人ら付近住民の被害は深刻である。

(五) 環境破壊

以上に述べた大気・水の汚染、悪臭、騒音等によつて、申請人らは良好な環境を享受することができなくなる。

4  代替地の存在

(一) 被申請人(当時の北条市長亡秋山正親)は、従前使用していた北条市別府所在の北条市衛生センターを昭和六〇年までに撤去し、これに代わる新たなごみ焼却場の建設をすべき行政上の必要に迫られており、昭和五七年春ごろ新施設建設予定地として北条市大浦葛ケ谷(以下、葛ケ谷という。)を選定した。以後紆余曲折はあつたものの、最終的には北条市内の各種団体長で構成する北条市ごみ焼却場立地検討委員会により、右葛ケ谷が建設地として最適であるとの結論が出されていた。ところが、葛ケ谷への建設には、北条市浅海地区住民の反対が強く、その同意が得られないまま、秋山市長が病気のため辞職した。その後任に選出された原田改三市長は、同地区の出身であり、同地区住民の同意を取り付ける努力をしないばかりか、右検討委員会の審議結果を無視して、昭和六〇年一月、突如として北条市尾儀原字小屋場乙二〇七番四の土地(以下、乙二〇七番の土地という。)に、さらに後日本件予定地へと新焼却場建設予定地を変更するに至つたという経緯がある。

(二) ごみ焼却場の建設地としては、本件予定地よりも葛ケ谷の方があらゆる面からみて優れている。その理由は次のとおりである。

(1) 収集運搬の効率

市の中心部にある市役所からの直線距離は、本件予定地が約四・一三キロメートルであるのに対し、葛ケ谷は約三・二五キロメートルであり、明らかに市の中心部に近い。しかも、葛ケ谷は国道一九六号線の沿線にあり、複雑な狭い道を登つていかなければならない本件予定地に比べてごみの収集運搬の効率が良い。

(2) 住宅との距離

ごみ焼却場は、前記のとおり排煙に伴つて周辺地区に有害物質の影響を及ぼすことが避け難く、できるだけ住宅地から離れていることが望ましい。葛ケ谷は、大浦地区の住宅から約八七〇メートル、浅海地区の住宅から約九五〇メートル離れているのに対し、本件予定地は、申請人らの一部が居住している湯山、尾儀原両地区の住宅から約一四〇メートルしか離れておらず、住宅との距離の面でも葛ケ谷の方がはるかに優れている。

(3) 排ガスの拡散

葛ケ谷は海に面しているのに対し、本件予定地は山間部にあり周囲の地形が複雑である。一般的に海岸線の方が風が強く、地形が単純であるほど拡散条件は良好であるので、葛ケ谷の方が排ガスの拡散という点でも本件予定地より優れている。そして、本件予定地の場合には、周囲が陸地のためどの方向に排ガスが流れても被害が予測されるのに対し、葛ケ谷の場合には、方角的に約半分を占める海の方へ排ガスが流れればほとんど被害が考えられない。

(4) 電気・用水の便

葛ケ谷は国道一九六号線の沿線に位置するので、電気の引込工事も簡単であるのに対し、本件予定地の場合には新設搬入道路の全長が六九二メートルもあり、電気の引込工事だけでも大変である。また、葛ケ谷の場合には上水道の利用が容易であるのに、本件予定地ではその利用が困難であり、かつ、ポンプアップ設備の設置、維持に多額の費用を要する。

(5) 搬入道路建設の難易度

葛ケ谷の場合、国鉄の線路敷地をはさんで国道一九六号線と隣接しているので、国鉄アンダー構作とごく短距離の搬入道路建設だけで足りるのに対し、本件予定地の場合には、立岩川に約三〇メートルの長さの架橋をし、六九二メートルもの長さの搬入道路を建設する必要があり、搬入道路建設の難易の点においても、比較にならないくらい葛ケ谷が優れている。

(6) 水源への影響

本件予定地の下流には、北条市内の上水道の全水源の約七〇・五パーセントに当たる六水源が集中しているのに対し、葛ケ谷の付近には水源は一つもなく、水源への影響を考える必要がない。

(7) 残灰処理場との関係

その真偽はともかくとして、被申請人は葛ケ谷を本件焼却場から出る残灰の処理場及びし尿処理場の用地とする旨言明している。そうであるならば、葛ケ谷に本件焼却場を建設すれば、同一敷地内での残灰処理が可能となり、本件予定地に建設するよりはるかに合理的である。

(8) 建設運営費用等

被申請人は、既に葛ケ谷の用地買収を終えているのであるから、ここにごみ焼却場を建設すれば本件予定地の用地取得費二九九八万五九一七円及び進入道路用地取得費二四三一万六三〇〇円が不要となる。さらに前述の電気・用水の便、搬入道路建設の難易度等の点から、本件予定地に建設する場合に比し、約四億一〇〇〇万円も建設費用が少なく済むと試算される。しかも、本件焼却場は三〇年稼働を予定しているので、三〇年間の運営費用の差は軽視し得ない。そのうえ、被申請人は、本件予定地に本件焼却場を建設するために地元に対して多くの見返り工事を約束しており、その工事費だけでも膨大な額となる。

(三) 以上のとおり、ごみ焼却場建設用地としては、葛ケ谷の方があらゆる面で本件予定地より優れていることは明らかである。このようなより適切な代替地がある場合には、当該代替地への建設によつて申請人らが被害を被ることもなくなり、また、公共目的も達成されるのであるから、もはや受忍の限度を論ずる余地はなく、被申請人が本件予定地への建設について公共性を云々することも許されない。

5  手続上の欠陥

(一) 環境アセスメントの欠如

(1) 本件予定地に本件焼却場を建設するに際しては、被申請人は、ごみ量、ごみ質の調査分析を前提として、本件予定地周辺の気象条件、地理的条件、地盤、河川、地下水の状態を十分に調査し、そのうえで本件焼却場からの排水、排ガス、臭気、振動及び騒音等による大気、土壌、水、人体及び農作物等への影響を事前に評価するいわゆる環境アセスメントを実施する義務を負つているというべきである。このことは、公害対策基本法五条、自然環境保全法九条、昭和四七年六月六日付け「各種公共事業に係る環境保全対策について」と題する閣議了解(以下、閣議了解という。)及び昭和五二年四月厚生省環境衛生局水道環境部環境整備課作成の「ごみ処理施設構造指針」の「ごみ処理施設整備計画にあたつての基本事項」(以下、基本事項という。)の趣旨からも明らかである。

仮に現行法制度上環境アセスメントを義務づけた規定がないとしても、ごみ焼却場が公害の発生源となる以上、環境アセスメントは必要不可欠であつて、これを実施しないままにごみ焼却場を建設することは許されない。

(2) ところが、本件焼却場の建設に当たつては環境アセスメントは全く行われていない。被申請人は実施したと主張するけれども、それは環境アセスメントの名に値しない、極めて不十分なものにとどまつている。しかも、その実施した環境アセスメントなるものは、本件予定地から二〇〇メートルも離れた乙二〇七番の土地を建設予定地としてなされたものであつて、本件予定地については名実ともに環境アセスメントはなされていない。

(二) 住民の同意の欠如

(1) 本件焼却場のような公共嫌怠施設を建設しようとする場合、被申請人は建設計画の詳細を住民に開示するほか、十分な環境アセスメントの結果予測される影響を示し、公害防止協定、公害監視体制、公害に対する補償等の施策を明らかにして、誠意をもつて住民と協議し、その建設の適否を住民とともに考え、その同意を得るべく努力すべき義務がある。しかるに、被申請人は、住民に対して右説明をしておらず、その同意も得ていない。

(2) それどころか、被申請人代表者は、本件予定地の西方にある庄地区の住民の大部分があたかも本件焼却場建設に同意しているかのような文書を作成して厚生省に持参し、補助金交付の内示を受けるという悪質な行為を行つた。

(3) しかも、被申請人は、当初乙二〇七番の土地を建設予定地として住民に説明していたのに、その後突如として、より人家に近い本件予定地に変更したのである。これについても、本件予定地に近い尾儀原、才之原両地区住民の同意は得られていない。

(4) 地元住民の同意は、当該施設による被害を防止するとともに民意を尊重するために必要とされているのであるから、単に補助金交付の要件にとどまらず、建設そのものの要件とされるべきである。

6  建設差止めの根拠

(一) 申請人らは、まず、環境権、人格権、財産権に基づきあるいは不法行為を理由として、本件焼却場の建設差止めを求めるものである(被害の詳細については3で述べたとおりである。)。

(1) 環境権

申請人らは、良好な環境を享受、支配する権利を有している。本件焼却場が建設された場合、良好な環境が破壊されることは明らかである。

(2) 人格権

申請人らは、人間として健康な生活を営む権利を有している。本件焼却場が建設された場合、申請人らの生命、身体、健康に被害を与える蓋然性は極めて高い。

(3) 財産権

申請人らは、土地・建物の所有権、賃借権、占有権、水利権等の財産権を有している。本件焼却場が建設された場合、土地・建物等の利用・交換価値が低下し、また、飲料水、農業用水、農作物等に被害を受けることが容易に予測される。

(4) 不法行為

申請人らに右の各被害をもたらす被申請人の行為は、所有権の行使の範囲を著しく逸脱しており、不法行為を構成する。

(二) また、代替地が存在すること、環境アセスメントが行われていないこと、住民の同意がないことは、いずれも単独で、あるいは総合して建設差止めの理由となるものである(その詳細については4、5で述べたとおりである。)。仮にそうでないとしても、このような違法行為の結果として建設される本件焼却場は、申請人らに被害をもたらす蓋然性を有するものと推認されるべきである。

7  建設差止めの必要性

前述のような被害が発生してからでは遅きに失するだけでなく、工事の進行によつて住民の血税が浪費され、代替地への建設が遅延し、かつ、既成事実の積み重ねによる違法な行政が認められることにもなりかねない。したがつて、工事の早急な差止めが必要である。

8  結論

よつて、申請人らは、申請の趣旨記載の裁判を求める。

二  申請人適格についての被申請人の主張

申請人らのうち、北条市尾儀原、才之原及び猿川地区以外に居住する者は、いずれも本件焼却場から一・七キロメートル以上離れたところに居住しているのであるから、本件焼却場によつてその権利を侵害されるおそれは全くなく、したがつて、申請人適格を有しない。

三  申請の理由に対する認否

1(一)  申請の理由1(一)は認める。

(二)  同1(二)は争う。

2  同2は認める。ただし、総工費は一一億八五〇一万二〇〇〇円である。

3(一)(1) 同3(一)(1)は認める。

(2) 同3(一)(2)は認める。

(3) 同3(一)(3)の冒頭部分は争う。

(ア) 同3(一)(3)(ア)のうち、本件焼却場関係の数値は認め、勝山市の焼却場関係の数値は知らない。その余は争う。本件焼却場には排ガス中の有害物質を十分に除去できる装置が配備されており、予想排ガス量の設定値も少な過ぎることはない。

(イ) 同3(一)(3)(イ)のうち、本件焼却炉のばいじん量の数値を認め、その余は争う。電気集じん機に入るばいじん量は、炉、ストーカー、ガス冷却室等の形状や火格子燃焼率及び燃焼空気の吹き出し速度により決まるので、他社の焼却炉と単純に比較することはできない。本件焼却炉から排出されるばいじん量に関する設計値は荏原インフィルコの今までの経験を踏まえた実績から決定したもので、法規制値はもとより右設計値も十分維持することができる。

(ウ) 同3(一)(3)(ウ)のうち、本件焼却炉における塩化水素除去率の数値を認め、その余は争う。荏原インフィルコの実験において、当量比一・五で塩化水素濃度が約三五〇ppmの場合約五〇パーセント、約六三〇ppmの場合約六七パーセント、約七六〇ppmの場合約七三パーセント、約九〇〇ppmの場合約八二パーセントの除去率がそれぞれ達成されている。したがつて、本件焼却炉の塩化水素除去率は十分達成することができる。

(エ) 同3(一)(3)(エ)は争う。本件焼却場については、その耐用年数約一五年間の性能は保証されている。

(4) 同3(一)(4)は争う。排ガス中の有害物質が人体に影響を及ぼすか否かの判断に重要なのは、着地濃度であつて煙突の出口での濃度ではない。被申請人が実施した後述の環境アセスメントの結果によれば、本件予定地付近には大気汚染の原因となるような既存の汚染源はなく、大気汚染に係る環境基準をはるかに下回る良好な環境にあり、本件焼却場を稼働させた場合の影響は軽微と予測されている。

また、受忍限度を超える被害が発生することの立証責任は申請人らにあるというべきである。

(5)(ア) 同3(一)(5)(ア)は争う。小牧市の拡散データの根拠が明らかにされていないので、これを本件焼却場に単純に適用するのは相当でない。

(イ) 同3(一)(5)(イ)は争う。本件焼却場においては、ごみ量に応じて運転日数を減らし、定常運転時間も短くし二炉運転を常態とすることによりダウンウォッシュのおそれをなくすることとしている。けだし、二炉運転の場合一炉運転より煙突からの吐出速度が速くなり、ダウンウォッシュの発生が少なくなるからである。

(二) 同3(二)は争う。ごみ及び残灰の運搬車はいずれも密閉車であり、通行中に悪臭をまき散らすことはない。ごみは貯留することなく、日々処理を原則としているので問題はない。本件予定地の中の空地は公共用地として活用するものであり、生ごみや残灰を放置するなどあり得ない。また、排煙の悪臭は、炉の焼却温度を管理することによつて十分対応し得る。

(三) 同3(三)は争う。本件焼却場はクローズド・システムを採用しており、施設外に汚水を排出することはないので、河川や地下水を汚す原因とはならない。森林の伐採によつて水源が破壊されることもあり得ない。本件焼却場周辺には植林をするので、むしろ水源のかん養に役立つと考えられる。

(四) 同3(四)は争う。本件焼却場は山間部にあり、稼働時間も日中の一日八時間であることと、本件焼却場と申請人らの住宅との距離からして騒音による被害の心配はない。

(五) 同3(五)は争う。

4(一)  同4(一)のうち、被申請人代表者が浅海地区住民の同意を取り付ける努力をしなかつたこと、北条市ごみ焼却場立地検討委員会の審議結果を無視したことを否認し、その余は認める。被申請人代表者は、昼夜を分かたず浅海地区住民の説得に努力したけれども、同意が得られず、やむなく葛ケ谷への建設を断念したものである。そして、それまで使用していた唯一のごみ焼却場である北条市衛生センターが、昭和五〇年九月交わされた周辺住民との覚書により昭和六〇年九月二六日限りで撤去を迫られており、これに代わる新たなごみ焼却場の早期建設が絶対に必要であつたため、昭和六〇年一月立岩地区区長会の承諾を得て、建設地として本件予定地のある立岩尾儀原を選定するに至つたのである。

(二)  同4(二)はいずれも争う。

(三)  同4(三)は争う。

5(一)(1) 同5(一)(1)は争う。環境アセスメントは法令上義務づけられたものではなく、ごみ焼却場建設の要件ではない。

(2) 同5(一)(2)は争う。被申請人は十分な環境アセスメントを実施した。環境アセスメントの方法・程度は当該建設地付近の大気汚染状況、既存の汚染源の有無等を考慮して決めればよいのである。

(二)(1)  同5(二)(1)は争う。被申請人は住民に対し十分説明をし、区長会の同意を得たものである。

(2)  同5(二)(2)のうち、被申請人代表者が申請人ら主張のような文書を厚生省に提出したことは認め、その余は争う。被申請人代表者は約一週間にわたつて庄地区の各戸を訪問し、理解と協力を求めた。その際の感触を記したのが右文書であつて、虚偽の事実をねつ造したものではない。

(3)  同5(二)(3)は争う。本件予定地に変更するについては同意を得ている。

(4)  同5(二)(4)は争う。

6  同6は争う。

7  同7は争う。

四  被申請人の主張

1  本件焼却場建設の必要性

北条市においては唯一のごみ焼却場として昭和四〇年以降同市衛生センターが操業していたが、昭和五〇年九月二六日地元住民との覚書により一〇年以内に撤去する旨約され、右約定に従い昭和六〇年九月二六日撤去された。この時点では未だ新たなごみ焼却場が完成していなかつたため、被申請人は地元住民に対し再三期限の猶予を求めたけれども、右衛生センターは既に老朽化し、悪臭、煙害、排汚水等の被害を周辺に発生させており、地元の了解を得られず撤去せざるを得なかつたのである。そのためとりあえず市内の数箇所に簡易焼却炉を設置して応急的なごみ処理をしている現状である。したがつて、本件焼却場は一刻も早く完成されなければならない。

2  申請人らに対する被害の不発生

(一) 本件焼却場の構造、設備

本件焼却場は、有害物質を除去する塩化水素除去装置、電気集じん機等を含む各種の設備を有している。それらの設備は、ばいじん等の設計値をはじめとして荏原インフィルコが今までの経験を踏まえて算出した数値をもとに設計されており、すべて厚生省の「廃棄物処理施設構造指針」に合致している。また、被申請人は現在ごみの分別収集を徹底し、焼却によつて有害物質を多く排出するビニール、プラスチック類等については埋立処分を実施している。排水に関しては、本件焼却場で使つた水は、場内で再使用し場外には排出しない構造(クローズド・システム)にしている。

したがつて、本件焼却場が操業しても、ばいじん等の規制基準値はもちろんのこと設計値も十分に維持することができるし、悪臭、騒音、水の汚染等により申請人らに被害を及ぼすことはあり得ない。

(二) 環境アセスメントの実施

(1) 被申請人は、本件焼却場を建設するに当たり、株式会社愛媛労働安全衛生技術センターに委託し、昭和六〇年二月下旬から同年三月上旬にかけ、大気質、風向、風速、水質、騒音、振動等に関する環境アセスメントを実施した。その概要及び結果は次のとおりである。

(ア) 大気質の現状

二酸化硫黄、二酸化窒素、浮遊粉じん及び塩化水素につき、昭和六〇年二月二〇日から翌二一日にかけ、本件予定地付近の四箇所で測定を行つた。その結果①二酸化硫黄は一時間値の一日平均値が〇・〇〇五六ppmないし〇・〇〇六三ppm、一時間値の最高値が〇・〇〇七ppmないし〇・〇〇八ppm②二酸化窒素は一時間値の一日平均値が〇・〇〇三四ppmないし〇・〇〇三八ppm、一時間値の最高値が〇・〇〇四ppmないし〇・〇〇六ppm③浮遊粉じんは一時間値の一日平均値が〇・〇二八五mg/m3ないし〇・〇三五五mg/m3、一時間値の最高値が〇・〇三五mg/m3ないし〇・〇五二mg/m3④塩化水素は一日平均値がいずれも〇・〇一ppm以下、四時間値の最高値がいずれも〇・〇一ppm以下であつた。右測定結果から明らかなとおり、本件予定地付近における現在の大気の汚染度は環境庁の定めた環境基準を大幅に下回つている。

(イ) 環境への影響予測

本件焼却場のばいじん等の予想排出量をもとに拡散シミュレーションを行い、将来の濃度分布について検討した。その概要は次のとおりである。①予測範囲は乙二〇七番の土地を中心とし、二〇〇メートルメッシュの大気拡散計算を行つた。②有効煙突高(煙突の高さと排ガスの最大上昇高との和)については、有風時(秒速一メートル以上)にコンケイウの式を、無風時(秒速一メートル未満)にブリッグスの式を用いた。③拡散計算式は、有風時にはプリュームの式を、無風時にはパフの式を用いた。④気象モデルは、北条消防署における昭和五九年一年間の測定データを用いた。⑤年間を代表する気象モデル、最も悪い影響を与えると予想される季節及び月の気象モデルを設定した。⑥有風時及び無風時の拡散パラメータを決定した。

右予測の結果は次のとおりである。①硫黄酸化物の最大汚染濃度は年間を代表するものとしては〇・〇〇〇一五ppm、最も影響のある季節で〇・〇〇〇七一ppm、最も影響のある月で〇・〇〇〇六五ppm②窒素酸化物の最大汚染濃度は年間を代表するものとしては〇・〇〇〇三八ppm、最も影響のある季節で〇・〇〇一七六ppm、最も影響のある月で〇・〇〇一六二ppm③塩化水素の最大汚染濃度は年間を代表するものとしては〇・〇〇〇四五ppm、最も影響のある季節で〇・〇〇二一二ppm、最も影響のある月で〇・〇〇一九四ppm④ばいじんについては未だ予測手法は確立されていないけれども、参考に計算したところによると、概ね環境基準値の一〇〇〇分の一相当の数値である。

3  公害監視体制

被申請人は、本件焼却場の操業に当たり煙突の地上一五メートルの位置に排ガス監視機器を設置するほか、「北条市清掃工場運営審議会条例」を設け、住民代表、学識経験者等を加えた公害監視体制を強化し、万一排ガスが規制値を上回つた場合には操業を直ちに停止する体制をとる予定である。

五  被申請人の主張に対する認否

申請人らの主張に合致する限度で認め、環境アセスメントの概要は知らない、その余は争う。

理由

第一申請人らの申請人適格について

被申請人は、申請人らのうち北条市尾儀原、才之原及び猿川地区以外に居住する者はいずれも本件焼却場から山を隔てて一・七キロメートル以上離れたところに居住しているのであるから、本件焼却場によりその主張する権利を侵害されるおそれはない、したがつて、申請人適格を有しないと主張する。

しかし、申請人らがその権利を侵害されるか否かは本件仮処分申請の理由があるか否かの問題であり、申請人適格の問題ではない。本件仮処分申請は、建設差止めという不作為を求める給付訴訟を本案として予定するものであるから、その申請人適格は、給付訴訟における原告適格と同様、自己がその給付すなわち差止めを求める地位にあると主張する者が有すると解すべきである。そうすると、申請人らがいずれも申請人適格を有しているのは明らかであり、この点に関する被申請人の主張は失当である。

第二申請の理由の有無について

一申請人らの地位

申請の理由1(一)は、当事者間に争いがない。

二被申請人による本件焼却場の建設

申請の理由2は、当事者間に争いがない。

三本件予定地及び本件焼却場の概要

疎明資料によれば、次の各事実が一応認められる。

1  本件予定地は、北条市才之原、尾儀原地区を立岩川に沿つて東西に走る県道三芳北条線の湯山橋付近からほぼ北側に長さ約六〇〇メートルの進入路を経て入つた海抜約一一〇メートルの山中に位置しており、そのうち本件焼却場設置部分は三方を高さ約三〇ないし四〇メートルの斜面で囲まれた東西約八〇メートル、南北約八〇ないし九〇メートルの広さの土地である(別紙(七二)ないし(七五)図面参照)。近傍に人家はない(なお、申請人らの主張によつても、申請人らのうち最も近い者の住居までで前記斜面を隔てて直線で約三〇〇メートル離れている。)。

2  本件焼却場は、焼却炉に機械化バッチ燃焼式焼却炉二〇トン炉二基を備え、一炉につき一日八時間定常運転(炉内温度摂氏七〇〇度ないし九五〇度。以下、温度はすべて摂氏により示す。)することにより一日最大四〇トンのごみを焼却する機能を有するものである。ただし、現在のところ北条市における本件焼却場での焼却対象ごみ量が一日当たり二〇トンであるため、当面隔日に二基を運転する予定である。

3  本件焼却場におけるごみ処理の流れの概要は、別紙(七六)図面のとおりになつており、右図面に基づいて説明すると以下のとおりである。

市内からごみ運搬車で収集されてきたごみは、プラットフォームからコンクリート製のピット内に投入され(可燃性粗大ごみは破砕機により前処理される。)、ごみピット内に貯留されたごみは、油圧開閉式天井走行クレーンでホッパから炉内に投入される。炉内では、給じん装置により連続して乾燥装置上に定量供給され、そこで、反転・かく拌されながら、予熱空気並びに炉内輻射熱により着火寸前まで加熱・乾燥され、次いで燃焼装置に移され、完全燃焼が図られる。難燃物も後燃焼装置で時間をかけて燃焼される。こうして焼却された後の残灰は、灰コンベヤ内で消火された後灰バンカに移され、一時貯留の後灰運搬車で場外に搬出される。一方、焼却によつて生じた排ガスは、ガス冷却室で、高圧噴霧水により集じん機許容温度(三〇〇度)まで冷却され、含有する塩化水素を除去するため消石灰を噴霧された後、右噴霧により生じた生成物とごみの燃焼により排ガス中に含まれているばいじんを除去するため、電気集じん機(屋内乾式電気集じん機)に送られる。右電気集じん機は、放電極と集じん極が交互に並べられ、これに高圧電源をかけて放電させ、イオン化したダスト(ちり)を集じん極に付着させてこれを除去する仕組みであり、一時間当たり二万一〇〇〇Nm3のガスを処理できるよう設計されている。こうして除じんされた排ガスは、誘引送風機によつて煙突へと導かれ、大気中に拡散される。なお、ごみ処理の過程で発生した汚水(主にごみピット内に貯留されているときの残滓汚水)は、ろ液貯留槽で分離され、そのうちの水分は前述の炉内噴霧水及びガス冷却用の噴霧水に、一般生活系排水等ごみ処理の過程以外で発生した排水は、上水利用量を低減するため沈澱分離槽で分離し、更に接触曝気槽で活性汚泥により浄化されてそれぞれ再利用され、場外には一切排出されない構造(クローズド・システム)となつている。

四受忍限度を超える被害発生の蓋然性の有無

1  受忍限度

(一) 判断基準

本件焼却場の建設が違法であるとして工事の事前差止めが認められるのは、本件焼却場の操業により申請人らが被ると予測される被害が、社会生活を営むうえにおいて一般人なら受忍すべきものと考えられる程度、いわゆる受忍限度を超えた場合と解すべきである。

それでは、右にいう受忍限度を超えるか否かの判断は、より具体的には、何を基準にしていかにしてなされるべきか、そもそもいかなる要因が右判断に当たつて考慮に入れられるべきなのか。この点の検討が必要となる。

まず考えられるのは、申請人らに及ぶと予想される日常生活、健康、財産権等への悪い影響自体であり、これが最も重要な要因になることは明らかである。すなわち、右影響の程度が一定限度を超えるときには、極めて例外的な場合を除いては、それだけで被害は受忍限度を超えていると評価することができる。しかし、逆に、右影響の程度が一定限度を超えない限り建設が違法となることはあり得ないとすることもできないというべきである。本件焼却場のような嫌忌施設が建設された場合、建設されないときに比べれば、大気汚染、悪臭、騒音等近隣住民にとつての不利益が少なくとも何がしか増加することは明らかであり、住民がその不利益の増加を避けようと望んでいるにもかかわらず(住民がこれを望むこと自体は、むしろ当然のことであり、不当とはいえない。)、住民に対し右不利益を甘受させようとするのである以上、その限度を決定するに当たつては、それに関係すると考えられるあらゆる事項を考慮に入れるべきだと考えられるからである。これを本件に即してみれば、本件焼却場の操業がもたらすであろう申請人らへの悪い影響のほか、本件焼却場の必要性の程度、本件予定地に建設を決定するに至つた経緯、代替地の存否、住民の全体としての同意の有無、環境アセスメントの実施の有無、操業後の公害監視体制の整備等もまた、それぞれの有する重要性の程度はともかく、本件焼却場建設の違法性の有無すなわち申請人らの受忍限度を判定するに当たつての資料となると解すべきである。

(二) 立証責任

受忍限度が右のような資料によつて判断されるとして、申請人らが受忍限度を超える被害を受ける蓋然性の存在(より具体的にいえば、申請人らに生ずるであろう被害の程度及びそれを受忍限度を超えるものと判定させる資料となるそれ以外の事実である。ただし、右被害の程度が一定限度を超える場合には、後者は不必要となる。)の立証責任は、民事訴訟の一般原則に従い、これを主張する者すなわち申請人らが負うと解するのが相当である。申請人らは特に排ガスによる大気汚染の被害について反対の主張をするけれども採用することができない(事実上の推定を及ぼすべき場合があることは別論である。)。以下の検討もこの立場を前提として進めて行くこととする。

2  ごみ焼却場建設の必要性

疎明資料によれば、北条市は三万人を超す人口を擁し、昭和五九年には、毎日収集されるごみのうち二〇・七トンを焼却処理すべき状況である(ただし、現在では、後記の事情により北条市に本格的ごみ処理施設がない事態が出来しているため、一般家庭のちゆうかいごみのみ約一三・五トンを簡易焼却炉で焼却している。)こと、然るに、北条市における唯一のごみ焼却場であつた同市衛生センターは、昭和四〇年四月に作られた老朽施設であつたうえ、昭和五〇年九月二六日周辺住民との覚書で一〇年以内に撤去する旨約され、右約定に従い昭和六〇年九月二六日撤去されたこと、そのためとりあえず市内の何箇所かに簡易焼却炉を設置して応急的なごみ処理をしている現状であることが一応認められ、北条市におけるごみ焼却場の建設は急務であるということができる。

3  大気の汚染

(一) 有害物質の排出と被害の発生

本件焼却場の稼働により、ばいじん等をはじめとする各種の有害物質の含まれている排ガスが排出されること自体は、当事者間に争いがない。

このように排ガスが排出される場合、排ガス中の有害物質によつて周辺地域の大気が少なくともいくばくかは汚染されるであろうことは容易に予測できる。しかし、それ以上具体的に、どの地域でどの程度汚染されるかを事前にある程度以上に正確に予測することは容易でなく、また、仮に汚染の程度自体は予測され得たとしても、右汚染が各住民の日常生活、健康、財産権等にどのような影響を及ぼすかを予測するのも容易ではない。受忍限度を超えるか否かの判定に際し判定資料の中心となるのは申請人らに及ぶべき悪い影響自体であることは前述のとおりであるから、これらのことを考えると、受忍限度を超える被害の発生につき事前に判定するに当たり現実にいかなる方法を採用すべきか、苦慮せざるを得ないところである(もつとも、このことは右汚染の程度及びその及ぼす影響を予測しようとする努力《後述の環境アセスメントはその代表例である。》を放棄してよいということを意味するものではない。)。

右状況の下で、当裁判所は、とりあえず、後述する排出基準及び環境基準に定められた数値を超えるおそれがあるか否かについて検討してみることにする。右各数値は、本来的には行政上の独自の目的を有する数値であり、それを超えるか否かが申請人らを含む各住民の私法上の権利の有無と直ちに結び付く性質のものではないが、右数値の決定に当たつては、これ以上の数値が出るならば少なくとも人の健康等に対し悪い影響を与えることもあり得るという科学的な検討・判断がなされたはずであり、これらの数値を超えるであろうと予測される場合には、受忍限度を超える見込みがそれだけ大きくなり、逆に、これらの数値を超えないであろうと予測される場合には、その限度では、受忍限度を超える見込みも小さくなるといつてよいからである。

(二) 排出基準超過のおそれの有無

(1) 法令によるばいじん等の規制値

大気汚染防止法及びこれに基づく総理府令(大気汚染防止法施行規則)によれば、本件焼却場と同程度の排ガス量(最高二万五〇〇Nm3/h)の機械化バッチ式ごみ焼却場におけるばいじん等の排出基準は次のとおりと定められている。

ばいじん 〇・五(g/Nm3)

窒素酸化物 二五〇(ppm)

硫黄酸化物 一七・五(K値)

塩化水素 四三〇(ppm)

(2) 本件焼却場におけるばいじん等の設計値(保証値)

被申請人と荏原インフィルコとの間で、本件焼却場におけるばいじん等の排出につき設計値(保証値)が設けられていることについては、当事者間に争いがない。その数値は次のとおりである。

ばいじん 〇・一(g/Nm3)

窒素酸化物 二五〇(ppm)

硫黄酸化物 一七・五(K値)

塩化水素 三〇〇(ppm)

(3) 申請人らの主張について

(ア) 申請人らは、本件焼却場における排ガスの一炉についての予想最大量である二万五〇〇(Nm3/h)(この数値については当事者間に争いがない。)が、本件焼却場の設計において想定したごみ質の低位発熱量より発熱量が低く、また焼却量も少なく設計されている福井県勝山市のごみ焼却場で想定されている排ガス量を下回つているのは明らかに過少評価であり、実際の排ガス量はこれより多くなると考えられ、その結果、統計値を超える量の有害物質が排ガス中に含まれるおそれがあると主張する。

しかし、疎明資料によれば、排ガス量はごみ質や機械の性能の違いにより変わつてくることが一応認められる。とすれば、勝山市のごみ焼却場を比較の対象とするためには、そのごみ質や機械の性能を確認する必要があるけれども、この点については何ら疎明がなされていない。したがつて、両焼却場の排ガス量を単純に比較してこれを論ずることはできないというべきである。現に、疎明資料によれば、荏原インフィルコ製のごみ焼却場武蔵野クリーンセンター(東京都武蔵野市)における焼却量、発熱量、排ガス量は、それぞれ二・七t/h、一五〇〇kcal/kg、一万二〇〇〇Nm3/hであつて、本件焼却場における二・五t/h、二〇〇〇kcal/kg、二万五〇〇Nm3/hの数値と比較するとき、焼却量、発熱量に比し、排ガス量が相当少ないことがわかるのであり、また、本件焼却場における排ガス量の計算方法に格別疑問を抱かせるに足りる疎明資料が見出せないことからしても、本件焼却場の最大排出ガス量の設計値が実態に合わない数値であるとすることはできない。

(イ) 申請人らは、高質ごみを焼却した場合の電気集じん機入口の予想ばいじん量が三・七g/Nm3(この数値は当事者間に争いがない。)とされるのは、他のごみ焼却場の設計値及び実績値に比して明らかに過少評価であると主張する。

しかし、疎明資料によれば、ばいじん量は炉、ストーカ、ガス冷却室等の形状及び火格子燃焼率、燃焼空気の吹き出し速度によつて変化するものであり、他の焼却炉と単純に比較はできないこと、武蔵野クリーンセンターでの八回の測定(昭和六〇年五月から昭和六一年三月まで)では、最大値で二・七g/Nm3、平均値で一・九四g/Nm3の結果が得られ、同社が製作したその他九件のごみ焼却場における測定でも〇・九一g/Nm3から三・〇g/Nm3の範囲にとどまつていることが一応認められ、これらによれば、本件焼却場において電気集じん機入口での排ガス中の予想ばいじん量を三・七g/Nm3としたことが、実態にそぐわない数値であるとはいえない。したがつて、申請人らの主張を採用することはできない。

(ウ) 申請人らは、本件焼却場においては、塩化水素の除去に用いる消石灰の当量比が他都市の焼却炉よりも低い一・五であるのに、予想除去率が他の焼却炉よりも高い七二・二パーセントとされている(右各数値については当事者間に争いがない。)のは、明らかに過大評価であると主張する。

しかし、疎明資料によれば、電気集じん機の入口における塩化水素濃度が高ければ高いほど塩化水素除去率も高くなること、昭和五五年荏原インフィルコが古河鉱業と共同して埼玉県蓮田市白岡町衛生組合のごみ焼却場で行つた実験では、当量比一・五で入口濃度九〇〇ppmの場合に除去率八〇パーセントを上回つていたことが一応認められる。右実験結果に格別疑問を差しはさませるに足りる疎明資料はない。

もつとも、被審人森住明弘は、右実験の結果を徳島県小松島市のごみ焼却場環境衛生センター(以下、単に小松島市という。)に当てはめると、入口の最高濃度が七〇〇ppmで当量比が二・五であるから、除去率は八二・五パーセント期待できるはずであるのに、実際にはこれを大きく下回る除去率しか達成されていないのであるから、先の実験結果は信用し難いと述べる(疎甲第一二七号証の一)。しかし、疎明資料によれば、小松島市の場合には当量比の計算を除去濃度に対して計算しているため、使用した消石灰の実際の量が同じ場合、当量比の値が大きくなつているのに対し、本件焼却場の場合には入口濃度に対して当量比を計算しており、それが一般的な計算方法であることから、本件焼却場の計算を小松島市に当てはめると入口濃度での当量比は一・四三となるとされている。この指摘が妥当であるとは必ずしも断言できないとしても、逆にこれが不当であるともいい切れず、右指摘によれば、同市における除去率が八二・五パーセントに達していないとしても別段不合理であるとはいえない。したがつて、小松島市との対比から本件焼却場での塩化水素除去率の設計値が達成不可能な数値であるとはいい切れない。

ところで、疎明資料によれば、昭和五八年三月小松島市において予備性能試験を行つた結果、塩化水素の出口濃度が設計値の三〇七ppmを超える場合が何回かあつたことが一応認められる。しかし、これについては、疎明資料によれば、消石灰噴霧を停止していたときや排ガス処理装置が作動していなかつたときに計測されたものがあると思われ、その他の場合の計測値も一時間の平均値ではなく瞬間値である可能性があるから、計測値が何回か設計値を超えたからといつて右焼却炉が設計値を維持できないと断定することは、少なくとも右のデータからだけでは妥当でないと考えられる。現に、同時期に行つた手分析による測定結果(この測定が正確なものでないとの疎明はない。)によれば、すべて設計値を下回つていることが一応認められる。

また、申請人らは、奈良県田原本町のごみ焼却場が本件焼却場より多量の消石灰を噴霧しているのに、規制基準をはるかに超える六〇〇ppmもの塩化水素を排出していると主張するけれども、疎明資料によれば、六〇〇ppmに達したのは一時的にプラスチック類が多量に投入されたときだけで、その後はおおむね規制基準の半分以下の量しか排出しなかつたことが一応認められるから、規制基準が維持できないとは断言できず、申請人らの指摘が正確であるとはいい難い。

以上のとおりであるから、本件焼却場における塩化水素の除去率が過大評価であるとの申請人らの主張は採用することができない(なお、疎明資料によれば、塩化水素を除去するため消石灰の噴霧量を増やせば、その分電気集じん機で除じんすべき量が増加することになるが、本件焼却場の塩化水素除去装置及び電気集じん機は当量比二・五まで運転する能力があることが一応認められるから、操業開始後万一塩化水素が設計値を超えた場合には、消石灰の当量比を増やして対処することも不可能ではないと考えられる。)。

(エ) 申請人らは、本件焼却場の機械の保証期間は引渡しの日から二年間に過ぎず、右期間を経過し、あるいは引渡性能試験に合格すれば、規制基準を超える有害物質が排出されても野放しになつてしまうのが通例であると主張する。

保証期間が引渡しの日から二年間とされていることは、疎明資料により一応認めることができる。しかし、この保証期間が過ぎあるいは引渡性能試験が終われば排ガス濃度が規制基準を超え、かつ、それが放置されることになるのが通例であるとはいえないし、それを推認させる疎明資料も存在しない。もとより、本件焼却場も使用していくうちに性能が劣化することは避けられないと思われるけれども、それは適切な点検・修理をすることにより対応し得るものである。また、その点検・修理は保証期間を過ぎたからといつて、不可能になるとも考えられない。

以上によれば、申請人らの主張は理由がないというべきである。

(4) 結論

以上のとおりであるから、本件焼却場が排ガスの設計値も排出基準も守れないとする申請人らの主張はその疎明を欠くものといわざるを得ない。

(三) 環境基準超過の可能性

(1) 環境基準

大気汚染防止法は、排出時における有害物質の濃度のみを規制しているが、公害対策基本法九条は「政府は、大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準を定めるものとする。」と定めている。右に従つて、環境庁は、「大気の汚染に係る環境基準について」(昭和四八年五月八日同庁告示第二五号)と題する告示において、大気中の二酸化硫黄、浮遊粒子状物質について維持することが望ましい基準を、また、「二酸化窒素に係る環境基準について」(昭和五三年七月一一日同庁告示第三八号)と題する告示において、大気中の二酸化窒素について前同様の基準を、それぞれ設けている。なお、大気中の塩化水素については同庁告示による環境基準は設けられていないけれども、疎明資料によれば、同庁は、昭和五二年総理府令第三二号により廃棄物焼却炉から排出される塩化水素の排出基準を設定するに当たり塩化水素の目標環境濃度を日本産業学会「許容濃度に関する委員会勧告」に示された労働環境濃度を参考として定め、平均的な排出口高さを有する施設からの塩化水素の排出が、拡散条件の悪い場であつても右環境濃度を満足するよう逆に排出基準を設定したことが認められる。

これらによれば、右各物質の基準値は次のとおりである。①二酸化硫黄は一時間値の一日平均値が〇・〇四ppm以下であり、かつ、一時間値の最高値が〇・一ppm以下であること②浮遊粒子状物質は一時間値の一日平均値が〇・一mg/m3以下であり、かつ一時間値の最高値が〇・二mg/m3以下であること③二酸化窒素は一時間値の一日平均値が〇・〇四ppmから〇・〇六ppmまでの範囲内又はそれ以下であること④塩化水素は〇・〇二ppm以下(前記のとおり、排出基準設定に際し、参考とされた数値)であること

(2) 本件焼却場による大気汚染の予測

疎明資料によれば、被申請人は、本件焼却場を建設するに当たり、株式会社愛媛労働安全衛生技術センターに委託して大気・水の汚染、騒音等に関する環境アセスメントを実施したことが一応認められる。

右環境アセスメントにおける大気質の現状についての測定結果は、被申請人主張のとおりであり、これによれば、本件予定地付近の大気の汚染度は前掲の各環境基準に比しても極めて低いということができる。また、本件焼却場のばいじん等の予想排出量をもとに拡散シミュレーションを行い、将来の濃度分布について検討したこと、それに基づく有害物質の予測数値は被申請人主張のとおりであつたことが認められる。

右予測数値に基づく限り、本件焼却場の稼働により大気質に及ぼす汚染度は環境基準を大幅に下回ると予想することができよう。しかし、この数値をそのまま採用することはできない。なぜなら、疎明資料によれば、被申請人の実施した環境アセスメントは、大気質や風向風速等の測定期間が著しく短かいこと、本件予定地から二〇〇メートル離れた乙二〇七番の土地を煙源と想定していること、本件予定地は山中にあり複雑な地形を呈しているのに、予測に用いた気象データは本件予定地から数キロメートルも離れた平坦地にある北条消防署のデータであることなどが一応認められるのであり、「ごみ焼却施設環境アセスメントマニュアル」(疎甲第一一二号証)に照らしてみてもその不十分なこと甚だしく、到底環境アセスメントとしての体をなしていないというほかないからである。

そうすると、本件焼却場操業後の大気汚染度がどうなるのかは、現在のところ予測不可能ということになる。とはいえ、環境基準を上回る汚染を生じるであろうと推測するに足る疎明資料もない(被審人森住明弘も、本件予定地付近の現在の環境条件―バックグランドの濃度―で、本件焼却場からの排煙により、前記環境基準に達するような大気の汚れを招来することはないと供述している。)のであるから、結局、右の汚染が生じるとすることはできないといわざるを得ない。

(3) 申請人らの主張について

(ア) 申請人らは、愛知県小牧市のごみ焼却場で行われた拡散実験のデータを本件焼却場に当てはめると、塩化水素の着地濃度が環境基準を大幅に超えてしまうと主張する。

しかし、小牧市のごみ焼却場の立地条件及びその機械の性能については何らの疎明もないのであるから、右拡散実験で得られたデータをそのまま本件焼却場に当てはめることには無理がある。右着地濃度を計算した森住明弘も、小牧市のデータがそのまま本件焼却場に当てはまるといつているわけではない。してみると、申請人らの主張は失当といわざるを得ない。

(イ) 申請人らは、本件焼却場はごく普通の風でダウンウォッシュを起こしてしまうと主張する。

そこで、この点について検討すると、疎明資料によれば、ダウンウォッシュは風速が煙の吐出速度の半分以上のときに生じやすいこと、焼却炉を一基しか使用しない場合には二基を使用する場合に比べ煙の吐出速度が遅くなるが、疎明資料によれば、被申請人は現在の焼却ごみ量(一日二〇トン)を隔日に二基運転することで処理しようとしていること、その場合、排煙の吐出速度は秒速一八メートルと設計されていることが一応認められる。そうすると、本件焼却場においてダウンウォッシュの生じるおそれがあるのは秒速九メートルを超える、ある程度強い風速の場合となる。もつとも、煙突頂上付近で右程度の速さの風が生じるのは特に珍しいことであるとも思われず、しかも、被審人八田健(荏原インフィルコの技術担当者)がダウンウォッシュ防止策として述べる煙返しは、疎明資料によれば、その直径が煙突直径の四倍もの大きさでなければ役に立たない(そのような煙返しが本件焼却場の煙突に設置されるとは考えられない。)ことが一応認められるのであるから、二基運転の場合であつても、ダウンウォッシュの発生頻度は一基運転の場合に比べれば少ないであろうといえるにとどまり、その発生自体を否定することは困難である。

しかしながら、ダウンウォッシュが発生するおそれがあるとして、どの程度の量の煙が下りてくるのか、その結果、本件焼却場から三〇〇メートル以上離れたところに住む申請人らにいかなる被害が生ずるのかについては、本件疎明資料によつても明らかであるとはいえない(森住明弘もこの点についてはわからないと述べている。)。

(四) 結論

以上のとおりであつて、本件焼却場の稼働により排出基準を超えるばいじん等が排出され、あるいは、環境基準等を超える大気の汚染が生じることを推測するに足る疎明資料は見出せないといわざるを得ない。また、右各基準等をはなれて資料を検討してみても、これらの物質の排出が申請人らに及ぼす悪い影響の内容・程度を明らかにするものは見出せない。さらに、排出基準が法令により定められていない銅、鉛等の有害物質についても、それがどの程度排出されどの程度の汚染をするのか判断するための疎明資料は存在しない。そうとすれば、本件焼却場の排ガスが申請人らの日常生活、健康、財産権等に対し、受忍限度を超えるとの判断をそれ自体で可能にするほどの影響を及ぼすという疎明はないことに帰する(もつとも、本件予定地付近のようなもともと汚染度の非常に低い地域にあつては、排出基準又は環境基準等に達しない程度の汚染であつても、それが与える悪い影響が受忍限度を超えると判定されることがあり得ないではなかろう。しかし、影響の程度・内容が予測できない以上、このことは右のように述べることの妨げにはならない。)。

4  悪臭

申請人らは、本件焼却場を稼働させた場合、ごみ及び残灰の運搬車、ごみピット、灰バンカ、本件予定地中の空地に捨てられるおそれのある生ごみ及び煙突から排出される煙などにより悪臭がもたらされると主張する。

しかし、本件焼却場は前述のとおり山中に位置しているうえ、疎明資料によれば、被申請人は、①ごみ運搬車も残灰運搬車も密閉車とする、②プラットホーム出入口には電動シャッターを設け、シャッター部にはエアカーテンを設置する、③ごみピット内及び同ピット上部の臭気は燃焼用空気として強制的に吸引する、④灰バンカは鉄筋コンクリート造り建屋内に収納する、などの防臭対策を講ずる予定であることが一応認められ、右対策がなされれば、悪臭は相当程度防止できるものと考えられる。また、本件予定地の空地部分に生ごみが捨てられるおそれがあることを推認させるに足る疎明資料はない。被審人森住明弘はごみピットの容量(二日分)が少な過ぎ、点検時などにはピットにごみが入り切らなくなり、野積みをしなければならないような状態が生じ、悪臭を周囲に発するようになるおそれがあると述べるけれども、本件焼却場のごみピットの主要寸法は幅四・九、長さ一一・四、深さ五・〇(単位m)であり、容積は有効二四〇m3であることが疎明されており、全国都市清掃会議発行の「廃棄物処理構造指針解説」(疎乙第三一号証)に照らしても小さ過ぎるとはいえないし、北条市における現在のごみの量を考えると、野積みによる悪臭発生の可能性があるとは認め難い。さらに、排煙による悪臭の問題についても、疎明資料によれば、ごみの悪臭成分が完全に熱分解する限界(最低)温度は七〇〇度といわれていること、本件焼却炉の燃焼室出口温度は七〇〇度以上九五〇度以下とされていることが一応認められ、これによれば、ごみの悪臭成分は熱分解されてしまい、煙とともに排出されるおそれは小さいといえよう。

5  水の汚染

申請人らは、本件焼却場からの排水及び排ガスが立岩川水系及びその下流の水源に流入し、その結果上水道が汚染され、申請人らだけでなく北条市の全住民が被害を受けることになると主張する。

しかし、疎明資料によれば、本件焼却場は排水を外に出さない仕組み(クローズド・システム)を採用していること、この方式は他の多くのごみ焼却場でも採用されていることが一応認められる。これが果して完全に機能するものであるか否かは議論の余地があるとしても、少なくとも他の焼却場において機能していないという疎明はないのであるから、排水を一切場外に放流しないとする被申請人の計画が実現不可能なものであるとはいえない。また、排ガスによる影響が明らかでないことは前述のとおりであり、したがつて、その一部が雨水に取り込まれて立岩川水系に流入することがあるとしても、そのために申請人らが被害を受ける蓋然性があるとすることもできない。さらに、本件焼却場建設のために本件予定地上の立木が伐採され、土地造成が行われることは避けられないにしても、その結果申請人らの主張するような被害が生ずるであろうことを認めるに足る疎明はない。してみれば、この点に関する申請人らの主張は理由がないというべきである。

6  騒音

申請人らは、本件焼却場を稼働させると騒音による被害が発生すると主張するけれども、前述のとおり本件焼却場は山中に位置し、申請人らの主張によつても、最も近い申請人の住居までは直線で約三〇〇メートル離れているうえ、疎明資料によれば夜間は運転しないことが一応認められるから、騒音による被害が発生するとは考え難い。

7  環境破壊

申請人らは、大気や水の汚染、悪臭、騒音等によつて良好な環境を享受することができなくなると主張するけれども、右の汚染、悪臭、騒音等により申請人らが一定以上の被害を受けるという疎明がないことは前述のとおりであるうえ、申請人らの主張する良好な環境を享受する権利なるものは、その内容、主体がいずれも不明確であつて私法上の保護を受ける具体的な権利とは認め難いから、右主張は理由がない。

8  代替地の存在

申請人らは、ごみ焼却場の建設地としてあらゆる面で葛ケ谷の方が本件予定地よりも優れているから葛ケ谷にごみ焼却場を建設すべきであり、本件予定地に建設することは許されないと主張する。

疎明資料によれば、次の各事実が一応認められる(右事実中には一部当事者間に争いない事実も含まれる。)。

(一) 被申請人(当時の市長は亡秋山正親)は、昭和五七年春ころ、従前使用していた北条市衛生センターに代わる新たなごみ焼却場の建設予定地として葛ケ谷を選定し、用地買収を終えて下水の終末処理場等の見返り施設を建設するなどして、地元の同意を得た。しかし、隣接する浅海地区住民の反対運動にあつて一時右計画は勢いを失い、昭和五八年一〇月ころ、北条市内の各種団体長で構成する北条市ごみ焼却場立地検討委員会を設けて、ごみ焼却場の立地について改めて総合的な検討を行うこととなつた。

(二) 右検討委員会は複数の候補地(本件予定地のある立岩・尾儀原地区を含む。)を対象にごみの収集・運搬の効率性をはじめとする種々の立地条件について多角的な検討を加えた。その結果、やはり葛ケ谷が最適地であるとの結論を出したので、被申請人は、再度葛ケ谷にごみ焼却場を建設すべく、浅海地区住民の同意を得ようとした。

(三) ところが、浅海地区住民の反対がなお強く、その同意が得られないまま、秋山市長が病気のため辞職し、昭和五九年一一月行われた市長選挙で当選した被申請人代表者は、葛ケ谷への建設を取りやめ、昭和六〇年一月、建設地を乙二〇七番の土地に変更し、更に後日本件予定地へと変更した。

以上の経過によれば、右立地検討委員会はもとより被申請人自身も葛ケ谷がごみ焼却場の建設地として最適と考えていたことは明らかであり、疎明資料によつて認められる同地の立地条件からしても、本件予定地より葛ケ谷が優れているとする申請人らの主張は首肯してよいと考えられる。そして、より優れた代替地が存在することが申請人らの受忍限度を判定する際の一つの資料となり得ることは、先に述べたとおりである。

しかしながら、葛ケ谷と本件予定地のいずれを建設地とするかについては、選定基準を明示した法令(又はそれと同視し得るもの)が存在するわけではなく、結局のところ基本的には決定機関たる市議会及び執行機関たる被申請人代表者がもろもろの事情を考慮して行うべき裁量に委ねられている事項であるから、立地条件を最適とするものでない決定がなされたとしても、その決定について被申請人代表者らの政治的責任の問題を生じることはあつても、それが直ちに違法の問題を生ずることはないというべきである。

そうとすれば、より優れた代替地として葛ケ谷が存在することを、それ自体で本件焼却場の建設を違法ならしめるもの又はそれに近いものとしてあまりに重要視することもできないという以外にない。

9  環境アセスメント

申請人らは、被申請人が本件焼却場を建設するに際しては、事前の環境アセスメントを実施することが法令上義務づけられているにもかかわらず、本件においてはそれが実施されていないのであるから、本件焼却場の建設は許されないと主張する。

被申請人は、本件予定地付近において一応環境アセスメントを実施することはしたものの、それが環境アセスメントの名に値しないものであることは、前述のとおりである。

しかし、申請人らがその主張の根拠とする公害対策基本法五条及び自然環境保全法九条は、いずれもその文言上地方公共団体に環境アセスメントの実施を義務づけた規定とは解し得ないし、閣議了解及び基本事項はいずれも行政機関の内部的な指針に過ぎず、これをもつて地方公共団体に対し環境アセスメント実施を義務づけたものと解することはできない。

そうすると、環境アセスメントの名に値するものを実施していないことは、申請人らの受忍限度を判定するうえでの一つの資料となるものではあるけれども、これをもつてそれ自体で本件焼却場の建設を違法とするほどのもの又はそれに近いものとしてあまりに重要視することは許されないといわざるを得ない。

10  地元住民の同意について

申請人らは、ごみ焼却場の建設に当たつては、地元住民の同意を得る必要があるのに、被申請人がこれをしていないのは違法であり、本件焼却場の建設は許されないと主張する。

ごみ焼却場の建設に当たり住民の同意を得るのが望ましいのはいうまでもないことであり、この点も申請人らの受忍限度を判定するうえでの一資料となるというべきである。しかし、住民の同意を建設自体の要件とした法令(又はこれと同視できるもの)は存しないし、この種の嫌忌施設の建設については、いつの場合にも住民の反対があることはむしろ常識の範囲に属することであつて、かような場合にすべて建設が許されないとすることは、清掃行政の停滞を招きかえつて住民全体の利益を害することになるから妥当でない。したがつて、被申請人代表者が、庄地区の住民の大部分があたかも本件焼却場の建設に同意しているかのような文書を作成して厚生省に提出するというそれ自体としては誠に強い非難に値する行為を行つたこと、建設場所が乙二〇七番の土地から本件予定地へと変更になつた際の手続に不明瞭な点があること(いずれも疎明資料により一応認められる。)をそれほど重要視することはできないというべきである。

11  公害監視体制

疎明資料によれば、被申請人は、本件焼却場の操業に当たり煙突の地上一五メートルの位置に排ガス監視機器を設置するほか、「北条市清掃工場運営審議会条例」を設け、住民代表、学識経験者等を加えた公害監視体制を強化し、万一排ガスが規制値を上回つた場合には操業を直ちに停止する体制をとる予定であることが一応認められ、これが誠実に実行される限り、大気汚染による被害を防止することは少なくとも相当程度は期待できるものと思われる。

12  結論

以上のとおり、本件焼却場が操業を開始した場合に申請人らが大気・水の汚染、悪臭、振動等により受けるべき被害の程度を明らかにする疎明はなく、代替地の存在、環境アセスメントの不十分なこと、地元住民の同意の欠如は、いずれもそれ自体で本件焼却場の建設を違法たらしめるような程度又はそれに近い程度にまで重要な要因とはいえず、逆にごみ焼却場の必要性、本件焼却場における公害監視体制の整備予定等の存在が一応認められるところである。右の各事情を総合して考えると、全体として本件焼却場の操業により申請人らが受忍限度を超える被害を受けるであろうと判定することはできないものといわざるを得ない。

もとより、右は、受忍限度を超えた被害が申請人らに及ぶことはないであろうと積極的に認定されたことから出てきた結論ではなく、運転開始後の状態を事前に予測することが困難であることなどから、現時点における疎明資料では右被害が発生するであろうと積極的に判定することはできず、したがつて進行中の本件焼却場建設を現段階で事前差止めすることもできない、としたものに過ぎない。そうだとすると、本件焼却場が操業を始

め申請人らに生じる現実の影響が具体的に明らかとなつた段階で、操業の中止を求める権利が申請人らに発生することも十分あり得るわけである。すなわち、申請人らに対する現実の影響が具体的に明らかにされた際には、具体的に明らかとされた右影響を基に、前記(四1(一))の観点に立つてそれらが受忍限度の範囲内に留まるか否かが判定されることになるのであり、その場合、本件焼却場建設に至るまでの手続の不十分さ等に照らすと、右影響がそれ自体で見ても受忍限度を超えているとの評価を受けるときはもちろん、それまでに至らないときであつても、本件焼却場に関しては全体として受忍限度を超えているとの評価が下されることもあり得るのである。したがつて、今後本件焼却場が操業を始めた段階では、被申請人は、それによる影響を極力小さくすべく、本件で自ら明らかにした監視体制の確立・充実に努めるのは当然のこととして、他の方法も含め、最大限の努力をすることが肝要である。そして、それにもかかわらず影響の程度が右の意味での受忍限度を超えることが避けられないと判明した場合には、被申請人は潔く自ら操業を停止すべきであり、それこそが、本件に見られるような問題の多い形で本件焼却場の建設を決定し実行に移した被申請人の責務というべきである。換言すれば、本件焼却場の建設は、右を前提としてのみ許されるというべきなのである。

第三結び

以上の次第で、申請人らの本件仮処分申請はいずれも理由がない。そこでこれらを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官山下和明 裁判官井上郁夫 裁判官坂倉充信)

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